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続きです

 投稿者:渡辺太一  投稿日:2003年 8月 4日(月)00時16分56秒
  以下応援報告:

1.7月19日OB/OG稽古会と懇親会
稽古会の出席者は、総勢80名くらい。
地元名大OBと阪大OBが目に付きました。(因みに阪大OB会の会費は年間1.5万円だそうです)
東北大学は、稽古会/懇親会には、
S47卒杉山7段教師、S52卒菅原5段、H13年卒杉本4段
が出席、小生は稽古会を覗きに行きました。

2.7月20日 本大会観戦記
東北大学OB出席者:
S51卒村上、S52卒菅原、S53卒岡崎、H13年卒杉本
とS39卒吉村の東海地区常連メンバー。
 
(1)成績は、男子1位京都 2位名古屋 6位東北
       女子1位九州 7位東北
という結果でした。但し、実力は伯仲、特に抜きん出た大学なしとの印象でした。
(2)地元名古屋大学の応援は、当然ですが、
大阪大学応援団の参加人数の多さには驚きました。
前日の稽古会への参加人数からも身の入れ方の熱心さが理解されます。
但し、我母校の応援団も割合多かったように思いました。
(現役部員がそんなにいない筈だが)

(3)目に付いた改善すべきと思われる点

①対戦毎の選手名掲示板が東北大学だけマジックインキ書き
で真に貧弱。他大学は全て印刷文字、どうでも良いようだけど他より手間を
かけないのは身の入れ方が薄い証拠と見られても仕方がない。
②試合中の竹刀のトラブルが東北には多かった。むしろ我母校だけではなかったか。
竹刀の手入れの指導がされているのだろうか。
過去に我母校剣道部は死亡事故を発生し猛反省を強いられた
経緯があるが伝統的な弱点だでは済まされない。
関係者一同、特に現場に携わる関係者の方々に早急にそのチェックを
お願いしたい。
③同時に、袴のほつれで危険により試合中断1件、
試合中の足首捻挫による試合中断1件、
試合中の転倒が多かったように思われます。(本件は、他校押しなべて全体に)
(但し、東北は、転倒により面1本取られている)
④当日は、選手諸君だけで仙台からの付き添い者なし。
選手の自主運営となっているそうだが、他校も同じなのだろうか。
少なくとも学生以外の人が指導的観点で現場を確認して指導したほうが
効率的と考える。そして、少なくとも上記のような実態を
把握しなくては真の指導は出来ないと思われる。
⑤今回の選手団の來名に際して、宿泊の場所等情報が全くなく
差し入れも出来ない状況、後援会組織にも反省すべき点多い。

蛇足:

試合後選手と応援団の諸君に菅原が代表して、
観戦の感想を述べ今後の活躍をお願いした。
現役の連中は、パーティがあるというので
OB応援団4名(杉本は、現役の連中に付き添い)は、
試合後、場所を名古屋市内の地ビールレストランに場所を移し、応援の労をねぎらうとともに前日杉山OB指摘の後援会のあり方について話し合った。

本年7月に送付された第42号「先峰」に目を通してみると
大家新部長、遠藤新師範、鈴木後援会長、上西、佐藤OB
各氏ともに指導者としての考えを述べておられるが、
その文面から現状に多くの問題点を含むことが読み取れる。

いかなる観点から大学の学友会剣道部論を展開すべきなのか
今後どの様な展開が望ましいのか等を明らかにして体制を立て直し、次代の後輩に示さなければ、このままでは、学生諸君を引き止めることに繋がらないと思われる。

しかしながら、無知蒙昧の輩には、残念ながら考える端緒さえも掴み得ない。

以上のようなことを心配してこれを皆さんに連絡して何の意味があるのか。
なんとも寂寥感を禁じえない。しかし、どうしても仙台での4年間で味わった感動を忘れ得なく、後に続く若者にも味わって欲しいという気持ちからあえてキーを叩いた次第。


平成15年7月21日海の日国民祝日
              豊明市二村台の自宅にて    吉村俊一郎 記


追記:お金の話
真に残念な話だが、組織を論ずる時はお金の話を抜きにしては、全くの空論になりかねない。尚、現在の後援会費、その他の剣道部への寄付金に関して疑問が多い。これが寄付を阻害している一つの要因ではなかろうか。事例:42号先峰P44後援会以外の寄付金とは何か。今回の名古屋遠征に対して資金カンパがされているが、後援会への振込みとなっている、これは何故か。又、P43後援会決算報告に関して、そもそも学友会剣道部を正規に運営するとどれだけのお金が必要なのか。年度の資金計画を事前に何故作成しないのか。こんな簡単な疑問が振込みを躊躇させる原因となっています。
本件に関して、関係OBのご指導をお願いしたい。
 
 

吉村先輩より

 投稿者:渡辺太一  投稿日:2003年 8月 4日(月)00時15分16秒
  先日の七大戦で応援に駆けつけてきてくださった、吉村先輩(S39工学部精密卒、現役3年生時マネージャー、名古屋産業科学研究所中部TLO)から観戦記を送っていただきましたので、こちらの方に掲示させていただきます。

H15.7.20.国立七大学総合体育大会剣道の部応援報告

平成15年7月20日(日)名古屋市天白区「天白スポーツセンター」体育館にて
第42回国立七大学総合体育大会剣道の部本大会が開催されました。
なお、前日の19日(土)午後には、OB/OG稽古会と懇親会が開催されました。
以下に、両日の報告を簡単に致します。

第42回というと、毎年持ち回りで開催されているとすれば
第1回は、昭和36年7月ということになります。

昭和36年7月は、静岡県榛原町の太田の実家の海で
2年生の主要メンバーは海水浴を楽しみ、名古屋に乗り込みました。
今年の梅雨空とは違って、真夏の太陽が照りつける海でしたので、
肌が日焼けにやられ選手諸君は稽古着が痛くて、ブツブツ言いながら
試合に望んだ記憶があります。

この時が第1回とすると、それまではどんな形で行われていたのか
判りませんが、いずれにしろ、戦後剣道が復活し、東北大学学友会剣道部が
出来て何年かの後に、国立七大学総合体育大会が発足し、
その第1回目が名古屋で開催されたようです。

東北大学は、諸先輩の話ですと、それまでも同じ様な大会
(七帝戦と呼ばれていたようです)が毎夏開催されていて、
毎回最下位であったと聞いていました。
それがこの年の名古屋の大会では、大阪大学に続いて第2位の大飛躍を
演じたのです。

但し、これは当時のメンバーの実力でした。
前年昭和35年春の剣道部新入部員は、40~50名、
そしてこの秋福島での東北地区総合体育大会(東北学生剣道優勝大会)
にて東北学院を破り優勝、間違いなく戦後の第1期黄金時代の
幕開けとなったのです。

そして圧巻は、昭和38年秋全日本学生剣道優勝大会団体戦にて、
ベスト8にまで進出し、全国紙スポーツ欄にその善戦を称えられると言う
快挙を成し遂げました。

因みに、平成15年発行の東北大学剣道部部誌「先峰」は、
第42号ですが、私の記憶では、(第1号は、保存してしていたはずですが
今思い出して探してみましたが残念ながら見当たりません)
昭和36年当時の藤本マネージャーが創刊したはずです。
第2号の担当には、私が関りました。その辺の事情については、
昭和50年ごろ(?)の「先峰」に寄稿しています。


何となく自慢めいた話をしている感がしないわけではありませんが、
何も私のお陰でそうだったわけでもありませんし、むしろ誰かかが
こういう事実を残して行った方が、何となく意義あることのような気がするから
記述してみたのです。
 

七帝

 投稿者:たなか  投稿日:2003年 7月23日(水)00時46分49秒
  七つの大学にそれぞれ特徴があったと思います。東大は基本がきれいで忠実だし、名古屋は変則てきなくせものが何人かいたし、九州大はよく動きをみてきた気がします。

東北大には東北大らしさがあるとは思いますが、四年目が抜けた今、新たにそれを見つけ、築いていかなければ成らんと思います。皆さんがんばりましょう!
 

主将へ

 投稿者:学連会計  投稿日:2003年 7月22日(火)22時46分10秒
  月曜日から稽古開始ということですが、せっかく代がわりして三年目が一番偉くなったのに引退した四年がぬるぬる稽古に来てこんにちはとか言われるのはいささか変だしもう少し最上級学年ということを三年目に味合わせたいので四年目はあまり稽古に行かないで下さい。うそ。この世のどこに部活行くなという部員が忌ますか。ということで昇段審査組と剣道バカ(バカの剣道家)の広大は多分ちょくちょく部活逝くと思うのであんまり嫌な顔しないでね。
優勝大会の選手変更なんだがクレームが来て8月なかばまで変更きくコトになったんで、すずはゆっくりオーダー考えて下さいな。
 

ごめんなさい

 投稿者:柳 利樹  投稿日:2003年 7月16日(水)01時56分36秒
  言い過ぎました。庄子光尻は天上天下唯我独尊尻男です。尻しりシリ、もう尻滅裂です。庄子光尻は、尻私欲が旺盛な人種です。こいつは、物事のことを尻すぎていて、これから尻拭いの旅にでます。  

おろろろーん

 投稿者:庄子 光次郎  投稿日:2003年 7月12日(土)00時43分24秒
  何かこっちすたれてるなあ。誰か書き込めー。阪神強すぎてペナントつまんない。
モンティディオの柱谷巨乳アナ(新北出身らしい)と不倫疑惑かけられててつまんなーい。
 

ちわっす!!

 投稿者:中津大輔  投稿日:2003年 7月 5日(土)21時24分33秒
  今日、吉田さんに稽古をいただきました。
そして、お礼を言いに行った時に、チームとして存在する三つのパターンを
聞き申し上げました。
まず、調子がよくて、そのまま、調子を上げていくチーム。
調子が良かったんだけど、ガターンって落っこちてしまうチーム。
そして、調子は悪かったんだけど、「おりゃー」って頑張って、調子をあげていくチーム。
僕は練習をしていると、始めの今めちゃめちゃ調子に乗ってて、しかもさらに「おりゃー!」って頑張ってさらに調子を上げているチームの様な気がします。
だけど、どこかで、気を抜いてしまうと怖いなぁって感じがします。
「七帝は辛い。だから、日頃の練習で頑張らないといけないんだ。」
っと、おっしゃってました。
ただ、自分は調子がめちゃめちゃ悪かったんで、ここは「おりゃおりゃおりゃー」と頑張って調子を上げていくしかありません。
僕は前述の三番目のチームです。
なんか、一人チームみたいなよくわからない文章になってきてしまったんでここらへんでやめます。
吉田さん!今日は大阪からお忙しいところわざわざありがとうございました!!
 

俺の次も俺?

 投稿者:鈴木  投稿日:2003年 6月27日(金)23時40分58秒
  何か連続ってイヤだなぁ…

とりあえず、今日の反省からいきます。せっかく一本取ったのに、大事なところで返されちゃいました。本番でこういうことは、試合を決定付けかねないので、気を引き締めていきたいと思います。副将っていうポジションの持つ意味を、自分で意識して守り通して、チームに貢献したいと思います。今回の課題は「精神面」にあると思うので、結果と共に何かを得てきたいと思います。

 

何か優しいっスね?

 投稿者:鈴木  投稿日:2003年 6月26日(木)10時59分2秒
  急にすごい優しい先輩になりましたね、光次郎先輩。でも、ホントに女子はどんどん経験積むことが必要だと思うから、ケガについては人のこと言えないけど、早く治して頑張れ!

そろそろベストメンバーで試合やらないと!でも、今日の流れはよかったと思うんで、これを自分から作り出せるといいかな、と思います。何とか少ない時間でまとめていきましょう!

 

iwai

 投稿者:庄子 光次郎  投稿日:2003年 6月26日(木)02時45分53秒
  は~い、今度はこっちで投稿で~す。
今日は自分の仕切ったへんてこな練習に付き合ってくれて皆さんありがとう。
今日思ったこと。自分のチームの人には反省を言ったからいいけど、選手組の人へ。自分の攻めが合わなくなってくると、途端に不機嫌になる人が数人見受けられました。今日は皆いい動きしてたから勝ててたけど、んなことしてたら大事な時にポカをするんでやめましょう。七帝の私みたいにボコボコにされちゃう危険性がありまーす。
結局、女子は団体棄権になっちゃったなー。ま、仕方ないね。ケガはどうにもならんよ。
一つだけ言っとくと、人数がどうしても少ないんだから一人ケガしちゃったら試合の出る出ないに関わってくることをもう少し強く自覚しなきゃなんないってことかな。
「次の試合は絶対出てやるぜオラー」って気持ちも強くレギュラー争いに関係する男子と違って、一試合一試合経験積んでどんどん次の試合に生かすことが一番大事だと(俺は)思うし、今回の棄権で一番ゲンナリしてんのは女子部員みんななんだから、試合出れるのが当たり前だと思わんで(そんなこと思ってないだろうケドさ)、次はもう七帝か。それに向けて日々精進しましょ。
偉そうに語ってすいまへーん。
今日の岩井ムチャクチャ強かったな・・・・
 

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